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Peter Fischli と David Weiss

Peter FischPeter Fischli と David Weiss(発音が分からない)はスイスの2人組アーティスト。彫刻、写真、ビデオ、ドローイング、インスタレーションなど、幅広いジャンルのコラボ作品を残しました。2012年にデイビット•ワイスのほうは、亡くなってしまいました。


Peter Fischli & David Weiss, "The Way Things Go, 1986-1987.

2人の作品で最も有名なのが、上記の映像作品。二人がアトリエに日常品を並べ化学反応や重力で動かしたのを、カメラがそれを追います。例えるなら日本のピタゴラ• スイッチを汚くした感じ。一回のテイクに見えますが、実は何カ所も編集されているようです。 DVDレビューには「見てて飽きない」「ピカソも嫉妬」などと絶賛のコメントを読んだ事ありましたが、私は正直眠くなりました!(^^) 3分以上のYoutube動画が見れない集中力が激減している現代人には30分の自然音しかない動画は辛いです。
大学時代にはじめて見たのですが、いまいち良さが分かりませんでした。今回グッゲンハイム•ミュージアムでPeter Fischli と David Weissのレトロスペクティブ(アーティストの生涯の作品をまとめた展覧会) を見て、かなり印象が変わったのでその感想を書きます。

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Peter Fischli David Weiss: How to Work Better at the Guggenheim. Photo: David Heald/Solomon R. Guggenheim Foundation, New York

グッゲンハイムの長いぐるぐるの通路に、いくつもの白い台に乗った小さな粘度彫刻。キルムで焼いておらず、色も塗っておらず、こねて乾かしただけ。台には一つ一つタイトルがつけられており現実にあるものから、空想のシーンを表現したもの、形容詞などの抽象的なもの、テーマに分け隔てありません。集まると国語辞典の立体版みたいな印象です。


Peter Fischli & David Weiss, "The First Fish that Decides to go Ashore"
(陸にあがる事を決心した最初の魚)


この作品ができたきっかけは、チューリッヒのギャラリーがグループ展を計画していたところ、直前で出展するはずのアーティストが出展できなくなり、 Peter Fischli と David Weissに何か作ってよ!と依頼。展覧会まで6週間という短期間で作られたのがこちらの作品:"Suddenly This Overview" (1981)。世界中の知識と人類の歴史を自分たちの解釈で表すことがテーマ。6週間で表現するにはあまりにも壮大て無謀すぎ!


Peter Fischli & David Weiss, "The Apes Incapable of Understanding the Mystery of the Monolith"
(モノリスの謎が理解できない猿たち)



Peter Fischli & David Weiss, "Dr. Spock Looks at his home planet Vulcanus and is bit sad he can't have any feelings"
(スポック先生は故郷のヴァルカン星を眺めながら自分に感情がないことを少し悲しんでいる)



Peter Fischli & David Weiss "Popular Vision of Fear"
(一般的な恐怖の印象)
*写真だと分かりづらいですが、海の波か、火の海に、飛行機が突っ込んでいます。



Peter Fischli & David Weiss, "Japanese Rock Garden"
(日本の石庭園)


真面目すぎず緩い感じの彫刻と、クスッと笑ってしまうようなタイトルが見ていて楽しいです。焼く前の粘度の薄いグレイがかったあいまいな色や、アーティストの手でこねた跡の残る手探り感が、記憶のあいまいさや、自分たちの解釈の歴史を表すのにふさわしい表現な気がします(^^)表現されているワンシーンの選び方が面白いですし、粘土という子供の頃から親しみのある扱いやすい素材なので、スケッチのように手早くアイデアをすぐに形にすることができ、直結的で斬新な思わぬ形が出来上がるように思います。「日本の石庭園」など、簡単に表現されていますが、特定の庭園ではなく、本当に誰もがもつ「日本の石庭園」のイメージを的確に最低限の動き捉えられているな、と思います。

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Peter Fischli & David Weiss, "Natural Grace," 1985

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Peter Fischli & David Weiss, “The Blossoming Branch 1986.

上記は"The Way Things Go"が作られる前に作っていた写真シリーズ。日用品を絶妙なバランスで重ね、真正面からの角度で写真をとらえることで、日用品に大きな彫刻作品のもつ威厳?みたいなのが加わっている気がします。写真では静止しているのですが、撮影時はゆらゆらしているのでしょう!今にも落ちてしまいそうな緊張感を感じ、「落ちる」という動作と写真の性質である「静止」した瞬間を捉える事の面白い矛盾みたいなのを感じます。
写真を見ているころには、写真に写っているものは倒れて崩壊していることが想像でき、「存在している」ことともうこの世には「存在していない」ものを同時に見ているような不思議な感覚を覚えます。実際の物体はもう存在していませんが、写真の中では永久に存在し続け、写真だけでしか存在できない彫刻を見ている感じがします。 言いたいことがうまく伝わっているかわかりませんが、そんな感じ!
"The Way Things Go"が、この静物写真シリーズのあとに作られた作品だとわかると、なんとなく伝えたい事がわかる気がします。どちらも時間と永遠に続く崩壊の緊張感という共通のテーマがある気がしますね!
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Mark Dion

マーク・ディオンの展覧会に行きました。


Mark Dion, "The Library for the Birds of New York and other Marvels", 2016.

ギャラリーの中に入るといきなり人が入れる大きさのケージがあります。ケージの中心に古い木が立っていて、枝には額縁にはいった鳥の絵、探検に使いそうな帽子、レトロなカメラ、望遠鏡、本、鳥カゴ、などロマン?を感じるような小物ががぶら下がっています。気の麓には自然や鳥に関する本や雑誌が敷かれています。その中を自由に飛び回るカラフルな小鳥がいます。



一度に3人の観覧車入れるようになっています。中に入ってみると、鳥のチュンチュンという鳴き声と、ペチペチペチと糞が落ちる音がします。ビデオとってみました。

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マーク•ディオンは科学(人間)と自然の関係をテーマとするアート作品を多く作っています。
ケージの中は、ニューヨークのギャラリーの中にいることを一瞬忘れてしまうような絵本に出てきそうなァンタジーな空間です。望遠鏡や冒険帽子は、人間の未知の世界へのロマンチックな憧れや大自然を冒険したいという子供っぽい探究心を表しているように思います。同時に、人間が自然をいくら完璧に理解して科学で説明しようとすることの無理性や無意味さを表現されていると思います。例えば、人間がジャングルの奥地に行き、エキゾチックな鳥を鳥かごに捕らえ持ち帰り、観察して絵ををかき、写真を撮り、名前を付けて分類分析し、発見したことを論文に発表し、本にまとめて出版します。そして人間はその鳥を理解した気になります。そんな人間の知識の象徴ともいえる本の山の上を、鳥は自由に飛び回りぺちぺちと糞を落とすわけです。どんなに一生懸命研究して、それが世紀の大発見だろうが、人間にとっての自己満足であり、鳥にとって「糞くらえ!」的にどうでもいいことなのかも?とユーモラスに考えさせる気がします。また、いざ本物の鳥と鳥について書かれた本を一緒の空間で並べてみると、何かが大きく違います。本物から知識に変換される段階で何が起こり、何が失われているのか考えちゃいます。(^^)



Mark Dion, "The Library for the Birds of New York and other Marvels", 2016.

ガラスケースの中に、剥製、写真、、燃えたマッチ棒をためた瓶、古い紙、パズルピースなどが展示されています。ミュージアムや研究室で見そうなガラスケースですが、中はガラクタばかり。ガラスの目玉がはめ込まれた気持ち悪いモルモットや無理矢理眠っているように見せている不自然な猫の剥製。人間の探究心のロマンチックな部分でなく、ときどき残酷で異常なまでの収集癖について考えさせます。

日記が久々すぎて、昔どういう風に書いていたか忘れてしまった\(^o^)/

もっと見たい方はこちら:http://www.tanyabonakdargallery.com/artists/mark-dion/series

ろくでなし子さん逮捕について書こうとしてやめた

2015/1/6 追記でコメントの返事を書かせていただきました。

ろくでなし子さんの2度目の逮捕について、いろいろ思うところがあり、猥褻の定義とは、エロスは時代で変わる、刑法175条と表現の自由、など長ーい文章にまとめはじめたのですがやめました。そんな文章ネットにいくらでもあるので、かわりに私の大学院の思い出の日記でも書こうと思います。

ろくでなし子さんについて知らない方はこちらへ:
http://newsphere.jp/national/20140725-6/
http://www.asahi.com/articles/ASG947WFSG94UTIL061.html
http://youtu.be/A5qq4cXoR9w
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大学を卒業して、私はフィラデルフィアにある大学のアート修士課程に入学しました。大学時代4年間、イリノイ州のコーン畑の真ん中のど田舎町ですごした私にとってはフィラデルフィアはかなりの大都会。大学院ですごした2年間は、私の人生の中で最も刺激的で、狂っている人に会い、楽しかったです。

忘れもしない大学二年生最初のプレゼン。学部全員が自分の作品をパワーポイントにまとめて教授やほかの生徒に発表するというもの。そのとき1年生に会うのははじめてのことで、みんなどんな作品を作るかも知りませんでした。1年生の一人にタラちゃんという写真家の女性がいました。彼女はがっしりした体系で身長は低くめ童顔で笑った顔が子供っぽいので若く見えるのですが当時30代半でした。彼女のことを有名なディズニーキャラクターに例えるならプーさんに似ていました。
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彼女の発表の番になり、彼女が自分のUSBをパソコンにつなげ、パワーポイントを起動させました。彼女のウェブサイトが現在は落ちているので、実際の作品をそのままお見せできないのが残念ですが、かわりに私のつたない説明文と絵とネットからみつけた適当な画像で、そのときの作品を再現したいと思います。

まず、カメラのアングルは若干下からの構図です。

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テーブルの中央に5段くらいのシャンパンタワーがあり

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そのシャンパンタワーの上に、下半身を露出させて足を広げて立って人がいます。

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その人が大きなビール瓶を片手で持ち、がぶ飲みしています。

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よく見ると足の間から黄色い液体を表していると思われる線が出ており、シャンパングラスの液体の正体が分かります。

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その足を広げている人物は、そのとき発表会をしていたタラちゃんでした。

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最初の自己紹介で大きなプロジェクターから大画面で自分の下半身さらけ出したタラちゃん。一人のクラスメイト(男)が「こんなのアートじゃない」とか言って、怒って教室を出ていきました。しかし、タラちゃんは何事もなかったかのように淡々と発表を続けています。その時私は思いました。

なんてかっこいいんだ...たらちゃん!!

このときえらく感動したのを覚えています。帰国子女と言う少し変わった生い立ちとはいえ、中学校と高校一説によると一番感受性の豊かな時期にメディアでは美人で若くて可愛いおしとやかに笑う天使のような女性がもてはやされブスなんて存在しない生きる価値あるの状態の日本という国のしかも女子校で教育を受けたサラリーマンの父と専業主婦の母といった昭和時代の理想的な家庭に育てられたごく普通の一般ピープルウーマンだった私にとって、タラちゃんの存在は衝撃的でした。アート作品そのもの事態がすばらしいとお思ったというより、恥ずかしがらず自分の体をさらけだし、社会の常識にとらわれない、力強いタラちゃんのアクションに感動しました。そしてたらちゃんが大好きになりました。

しかし、実際一学期早々にクラスメイトの下半身、しかも若干下からのアングルで大画面で見るというものはけっこうエグいものがあります。でもそのときのタラちゃんの写真作品は今までみてきたどんなギリシア彫刻、油絵、映像、写真、ポスターよりも、女性の体をリアルに考えさせてくれました。女性がみんなあんなポルノスターみたいな美しい体してないし、そういう体してないからって人に見せちゃいいけないわけでもないし、女性の体そのものがエロいんじゃなくて見ている人がそういうフィルターかけているんだよなぁ、とかいろいと考えた訳です。

みんなが体を自由に場所をわきまえず裸になっていい世の中にしたいとかいっている訳ではないです。ろくでなし子さんも、いやがる人に無理矢理自分の体を見せた訳でもないじゃないですし。タラちゃんの写真のように人の下半身だからってからならずもエロスになるとは限らないし、逆に無機物(ニーソックスとかね)にエロスを感じる人もいます。

タラちゃんやろくでなし子さんのような女性が世の中にいると私は安心します。彼女らの行動を批判する人がたくさんいることも知っています。でも、彼女は別に人の気分を害したくてやっているわけではなく、訴えることがあるから結果的にああいう行動に出ていると思うのです。行動だけをみて批判するのではなく、その行動に至ったまでの経緯や考えを理解しようとしてみたほうが有意義だと思います。刑務所に入ってまで訴えたいことってなんなんだろうって。

どうあがいても他人の気持ちや苦しみを完璧に理解することは不可能だと思います。私がいくら脳内でイメトレして、いくら人の話を真剣にきき、いくら文献をよんで、いくらドキュメンタリーをみても、男として生きる辛さや、ずっと黒人差別を受けて育った人の気持ち、同性結婚がしたいけどできない人の気持ちを、などなど他人の気持ちは完全に理解することはできないです。結局自分のことと自分の育った環境のことしかわからないんです。だからこそ自分には理解できないこと、見慣れないこと、びっくりしたことは、否定から入るのではなく、できるだけ一生懸命耳を傾けるように努力したいです。どうせ本人にしか本人の苦しみは分からないんだから!何か辛いことがあってそれを訴える人がいたら、我慢しろ、みんな我慢している、って言うんじゃなくて、みんなも辛いことを言い合ってお互いを許しあう緩〜い世界になればいいと思うよ。

最後に素敵なおばあちゃん、ルイーズ•ブルジョワさんの写真でお別れです。
LouiseBourgeois
Robert Mapplethorpe, "Photograph of Louise Bourgeois," 1982

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グループ展に参加するよー

ニューヨークにすんでいる人でこのブログ読んでいる人いるかわかりませんが、
グループ展に参加することになったので、一応告知します。
09/12/14 6:00-8:00 PMの間にオープニングがあるので、もしこれたら来てみてください。
この時点で、搬入日、出店点数など、何も分かっていませんが大丈夫なのでしょうかね(^^)?

Active Space Brooklyn
566 Johnson
Brooklyn, NY

ウェブサイト:http://www.activespacestudios.com/
Facebookページ:https://www.facebook.com/events/735050633210488/

つまらなぬ報告だけで申し訳ない。鬼忙しいので、またおちついたらまた何か書きにきます〜。

良いセンスと悪趣味

コメント•拍手ありがたく読ませてもらっています。
今回は悪趣味と良いセンスの狭間のアーティストを集めてみました。悪趣味と良いセンスの違いってなんでしょうね?

◎David Altmejd デビット•アルトデミィド
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David Altmejd, "The Flux and the Puddle," 2014

デビット•アルトデミィドは、プレキシガラス、鏡、剥製、鉱石、などの材料を用い、カオス的で繊細、グロテスクで美しい、チープで高級感のある彫刻やインスタレーション。一つのギャラリーをまるまる占領するような巨大インスタレーションが迫力満載。さわやかなレインボーカラー、宝石のような輝きをもつ材質が人をプレキシガラスの世界に惹き込むのですが、よく見ると、割れたガラス、きざまれたマネキン、動物の死体、どこか残酷で痛々しいのです。

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David Altmejd, "Untitled,"

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David Altmejd, "La chambre d'hôte", 2010

とてもアナログな作品にかかわらず、なぜかピクセルやシステムと言ったデジタルなものを考えさせるのが不思議ですね。ちょっと近未来SFっぽい。
もっとみたい方はこちら、ウェブサイトの作品はかなり充実しているのでおすすめ!
http://www.davidaltmejd.com/

◎Thomas Lanigan-Schmidt トーマス•ラニガン•シュミット
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Thomas Lanigan Schmidt, “The Summer Palace of Czarina Tatlina"

アルミフォイル、お菓子の包み紙、セロファン、洗剤の箱、ホチキス、など、普通の人がゴミだと思う材料にただならぬ愛情と執念と繊細さを込めて、作品を作っているアーティストです。写真だと彼の作品の魅力がまったく伝わらないのが残念。一見、子供の工作に見えてしまう不器用な作品にみえてしまいますが、色の配色、細部の作り込みにとてもセンスを感じるのです。

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Thomas Lanigan Schmidt

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Thomas Lanigan-Schmidt, "Lollipop Knick Knack (Let's Talk About You)", 1968-69.

ローマ•カソリック教のモチーフとゲイ写真を混ぜているのも興味深い。ローマ•カソリック教では、同性愛は罪深いという見方がされていますが、アーティストがゲイであり、クリスチャンでもあるらしいので、葛藤もあるのかもしれません。ゲイポルノの写真を混ぜて、ローマ•カソリック教を馬鹿にしようとか笑いを取ろうとか、そういう意図で作品を作っている訳ではなく、純粋にキリスト教を信仰していて、ゲイカルチャーにも興味あるんだな、という風に2つのまったく違う世界が嫌みなく組み合わさる不思議な作品を作っています。

去年Momaが作った彼のアトリエ紹介がなかなか面白いです。物が多すぎ!


もっとみたい方はこちら:
http://pavelzoubok.com/node/thomas-lanigan-schmidt-tenement-symphony

◎Henry Darger ヘンリー•ダーガー
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Henry Darger, "In the Realms of the Unreal"

日本でも知名度の高いアウトサイダーアーティストのヘンリー•ダーガー。アウトサイドアーティストとは、アート教育を受けていないアーティストのことを呼びます。ダーガーは19歳のときから、70歳以上になるまで、"In the Realms of the Unreal「非現実の王国で」"というお話を一人アパートの中で書き続けました。ヴィヴィアンガールズと呼ばれる少女7人率いるキリスト教軍隊と大人の軍隊の壮絶な戦いを描いたお話で、15000ページにも及びます。お話の各所に挿絵があり、絵柄が子供の絵本なのに、かかれているものが戦争や拷問されている少女など、きわめて大人向け。イノセンスが強すぎて、逆に狂気を感じる絵です。

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Henry Darger, "In the Realms of the Unreal"

彼は生きている間は作品はまったく評価されず、亡くなってアパートの部屋を掃除しようとした大家が彼の作品を発見。ダーガーは、日中は病院の清掃員として黙々と70歳まで働き、友人もほとんどおらず、家にかえるとただ「非現実の王国」を書き続けたらしいのです。

もっとみたい方はこちら:
http://www.folkartmuseum.org/darger

一人で作品作って壁にかけられた彫刻みていると、ダーガーのようになるのではないか、と時々考えます。インターネットで公開している時点でちがいますけどね!作品アップしたので、よかったらみてください。リアルで展示する機会がほしいぜ、、。
http://saorimoriizumi.com
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