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村上隆2

生きてマース。若干最近私生活のほうがバタバタしてました。テンション低いですが村上隆氏について書きます。あと拍手ありがとうございます。やる気が出ます。
murakami
左、Takashi Murakami, "My Lonesome Cowboy"1997,右、 Takashi Murakami,"Hiropon" 1997.

村上隆さんといえばこの2体のフィギュア彫刻が有名なんじゃないかと思います。有名であると同時に村上隆が日本人に嫌われる理由でもあると思います。この彫刻でもっとも耳にする批判はただのパクりしかも不細工で出来が悪いということです。私もそう思います。でもだから村上隆はフィギュア職人じゃなく、アーティストなんじゃないかなと思います。
私がこの彫刻を見たときの第一印象は、
「気持ち悪い(^^)」
でした。でも衝撃的でした。あまりにも気持ち悪くて。でも気持ち悪いと思うことを疑問に思いました。なんで裸の美少女なのに気持ち悪いんだろう?まず顔も可愛くないし全裸の美少女であるにもかかわらずなにもエロいと感じなかったのが不思議です。エロスを感じるには大胆すぎてむしろエグイくらいになっているから気持ち悪いんじゃないでしょうか。

(ぜんぜん詳しくありませんが)美少女フィギュアの世界では「気持ち悪い」=駄目なフィギュアってなっているのが一般的なんですかね、、?秋葉原とかで売っているアニメキャラクターのフィギュアの基本条件は、かわいかったり、美しかったり、かっこよかったり、ボディのラインにエロスを感じさせられたり、ディテールの細かさとかが評価されると思います。「萌え」を求められて作られてると思うんです。フィギュアを買う人はおそらくアニメや漫画好きの人で、好きなキャラクターグッズがほしいから買う場合がほとんどだと思います。だから魅力的じゃなければいけないし、キャラクターのイメージを崩すのもだめだし「気持ち悪い」なんておもわせたフィギュアは失敗作何だと思います。

ところが村上隆のフィギュアは何かのアニメを元にしたわけではなく、特定のキャラクターのフィギュアではないし、ただ一般的に「アニメっぽい」と思われるアニメスタイルの女の子をあらわしています。しかも髪の毛の表現だとか、目とか、肌の質感とかものすごくジェネラルだし、大雑把に見えます。私は村上隆さんがそういう表現方法を選んだ理由はアニメ・漫画好きの「萌え」の需要に答えようとしているわけじゃなくそういったフィギュア・アニメ業界に全体を考えさせようとしたからだと思います。

すごくジェネラルな作りをしていても他の有名なアニメや漫画のキャラクターには共通点がいくつもある。長い足、重力に逆らった髪形、変な色の髪の毛、でかい目、小さい鼻と口、アンバランスなでかい頭と短い胴体、あり得ない長さの足、スイカ並みの胸、胸と頭を支えられると思えない細い腰、無駄毛がないことなどなど。

等身大のフィギュアを3次元で見たとき、平面であるアニメや漫画では違和感がなかったものが突然変に見えたりすることが私に取って衝撃的でした。
足長すぎる!
胸でかい!
頭でかい!
改めて考えると普通に「人間」として認識されるアニメや漫画のキャラクターがいかに非人間的であるかに気づかされました。これは江戸時代の浮世絵を見ている感覚と似ているのではないか、、?


うたまろ
喜多川歌麿(1753-1806)

今となってはあのぽっちゃりで細目の女の人のどこが美人なんだ(^^)?みんな同じ顔(^^)?って思うようにもしかしたら何百年してアニメをみて「これのどこに萌えるんだ?」っておもってるかもしれません。アニメのキャラクターの非人間的さを指摘しながらアニメや漫画を日本の誇れる文化となかなか認めない人たちに、アニメや漫画も伝統的な浮世絵の延長線上にあるんだぜ!ちゃんとした文化なんだぜ!っていうことをいいたいんだと、村上隆さんのアートや文章を読んでおもいます。


と、同時に村上隆さんのの彫刻をみるとき、ドラマや実写では許されない、現代のアニメや漫画では許されている過剰な性的な表現について考えさせられます。たとえば子供を性的対象として見ることが普通になってしまっているロリコン文化についてだとか、役者さんには到底できないキャラクターに対する暴行、グロ表現の問題性などについて考えます。アニメだからなんでもありなのか?とか村上隆の度を越したエロスがグロテスクにかわった彫刻を見ると思います。

村上隆さんのフィギュアは「萌え」を追求してるわけじゃなく、アニメや漫画というジャンル全体に対してのコメントをする彫刻を作っているのでほかのキャラクターフィギュアと同じ評価基準で評価することはできないとおもいます。もし私がいままでかいたようなことを村上さんの彫刻をみて感じられなかったり考えさせられなかった場合はそれはアートとして失敗しているのであって、フィギュアとして失敗でも成功でもないと思います。またアートにも好みがあるし興味のある分野も違うので、すべての人がその村上さんの作品が好きじゃなくても、(ワツィも嫌いでしたしw)それはその作品が失敗作というわけじゃないと思います。私はたまたま日本のアニメや漫画文化にちょっと興味があっで、そんなときに村上の彫刻をみていろいろ考えさせられたので嫌いでもあり好きでもあります。
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