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アート勉強して気付いた事/デュシャンの便器/ポロック/ 知っておくと便利/ リアルに見える絵画は本当にリアル?

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ポストモダニズム

そういえばポストモダニズムについて書くといいながら、書いていなかったなぁって思ったので、書こうと思います。美大いっているかたは講評会で、一度は耳にしたことばでしょう!あくまで私のわかる範囲で、かなーり短くまとめます。それにしても過去の私の記事テンション高すぎてうざいわー(^p^)そのうち編集しますね!(といってした試しがあまりないことは自覚している)

ポストモダニズムについてかく前にモダニズムとは?

アートにおいてモダニズムとは、おもに抽象表現主義やミニマリズムの時代を指すように思います。グリーンバーグを中心とする評論家によって、アートはこピュアで抽象的なアートが美しい!それが正しい!みたいな考えが主流になました。評価されるアートはそういった評論家に作られた基準に従っているものだけがすばらしい作品とされました。またモダニズムの特徴として、油絵は油絵、彫刻は彫刻とはっきり分野が分かれていることが特徴の一つにあげられます。今、現代アートをあまり知らない人が抽象表現主義やミニマリズムの作品をみたら「なんてアバンギャルドなんだ!」「なんじゃこりゃ!」って感じるかもしれません。だけどある意味抽象表現主義やミニマリズムの中で生まれた作品は、結構保守的な考えのもとに作られているのかもしれません。昔から西洋のアートはある一定の評価基準がありました。技術の高さだったり、「美しさ」だったり、いかに聖書の一場面が的確に表現されているかだったり、時代によってちがいますが主流の評価基準があり、それに削ぐわないものは価値のないものとされたわけなので!

ポストモダニズムとは!
ポストとは「~の後」という意味です。ポストモダニズムは、モダニズムのあと、1960年代から1980年代にかけてはやった思想(?)です。*この記事の投稿順番まちがっているかもしれないですね。そのうちネオダダとミニマリズムの間あたりに移動します*
ポストモダニズムとモダニズムの大きな違いはモダニズムにあった一つの評価基準がなくなってしまったことです

一つの評価基準があるということは、その評価が高いもの=正しい。正しいという事は「真実」に近いということを意味しているように思います。しかしポストモダニズムに入ってから気づいてしまったのです。「真実」なんてないことを。(^^)
私たちが「真実」だとおしえられた科学ですらも、結構あいまいなような気がしません?たとえば仮定をたてて実験を繰り返し、仮定を「証明」するような結果がでればその仮定は「事実」にかわるわけです。(理科系の人に怒られそうな発言ですね。でもたとえです!た☆と☆え!)じゃぁその実験結果から出た「例外」はどうなる?捨ててしまっていいの?世界共通の普遍的は「真実」「事実」というものの存在するのか?すべてを「事実」ととらずに「問いかける」ことがポストモダニズムの考えという風に理解しています。たとえばのはなし、日本では信じがたいですが、今米国とか中絶問題とかで「宗教」と「科学」の衝突がおこっています。(宗教=命は神の作ったもの!ただの細胞の固まりではない!だから中絶反対!!科学=生まれるまで命ではない!中絶賛成!母親の人権尊重!)どちらがどちらか一方より正しいと言い切れないから議論されているのです。実際すべての人がそう理解力があるかというと、心の奥底では「自分が正しい」と思っているでしょう(笑)。だけど「自分の正しい」と思っていることは「人の正しい」こととは違うということを知っているだけでもポストモダニズムのはじまり(^^)科学が芸術より事実に近いとは決して言い切れないのです。

泉
Marcel Duchamp, "Fountain" 1917. (photograph by Alfred Stieglitz.)

このブログの歴史カテゴリーはデュシャンの便器からはじめたのですが、デュシャンという人物が時代をかなり先取りした人物のようです。彼のやっていたことはポストモダニズムそのものなのです!彼のアートは視覚を楽しませることより、「アートってなんなの?」「ギャラリーに評価されたアートがすばらしいアートなの?」など問いかけをメインにしているからです。だから彼の便器は今でもアートの歴史をかえたといわれるのでしょう。すごい便器だぜ!

ポストモダニズムはアートだけの動きじゃなくて、哲学、音楽、科学、文芸、などいろいろな分野に大きな動きを与えました。普段使っている文章すら、意味が曖昧なことがわかってきたのです。確かなことなんてほとんどないんじゃないか?って。
アートにおいてさらにポストモダニズムが重要なのは、アートがただ目を楽しませることを目的とするのではなく、アートがそういった「問いかけ」のメインの場になった、と教授から聞いたことがあります。アーティストが評論家の立場的なものを求められるようになったのです。だからきっと美術大学とかで「コンセプトは?」って聞かれるんでしょう。恨むんだったらポストモダニズムを恨め!(笑)(私はときどき恨みたくなるw)モダニズムにはあった評論家が作ってきた評価基準がなくなったため、芸術家がただものを作って、発表して、評論家が評価を下して意味をつけるという形から、芸術家が自分の立場をある意味正当化することを求められるようになったんじゃないかなぁ。

というわけ、ポストモダニズムはアートの動きというより思想に近いので、これがその例だ!って指すのはむずかしいです。パフォーマンス、ポップアート、インスタレーション、コラージュ、など分野をとらわれないことは一つの特徴かと思います。

今はポストモダニズムの最中なの?っていうのも議論中です(笑)間違ったこと、あってること、というのが不安定で、すべて問いただされるのがポストモダニズム。

最後に一言いっておくと、ポストモダニズムのアートがモダニズムのアートよりすぐれていると言っているわけではないです。まぁ、たしかに私はあまりミニマリズムのアートは好みではないけれど(w)それはあくまで好み。ポストモダニズムの思想のおかげで、ミニマリズム、ポップアートも、みんなそれぞれの良さがあるよね!って認められるようになったのです。ただ、主流の動きがなくなったのでアーティストが自分で「何がいいものなのか?」ということを考えてものを作らなくちゃいけなくなりました。それは人によりますが、いいことなのかわるいことなのとか言い切れません。自由と言えば自由ですし、不安定といえば不安定です。
また、評論家の意見だけじゃなくて、見る人みんなの解釈も大切にされるようになりました。だからといって、どんな解釈をしてもいい、ってわけじゃありません。(^^)アーティストが、「戦争の悲しさ」をテーマに作品作ったのに、鑑賞者がその作品の前で爆笑していたら、それはアーティストの力不足で作品として失敗しているのです。だから評価基準はあります。ただモダニズムの時代より曖昧なのは確かです。

次回はもっと画像いれた緩い内容について書きたいな!それでは。

ちょっとずれてますがもっと読みたい方。ロランバルト「作家の死」。作品をよむとき、作家の性格、生涯、趣旨などとかけあわせて読解するのではなく、作品は作品として読解するべきであると書いた。アートの分野でもとても影響を与えた文章です。
Roland Barthes "The Death of the Author"
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