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著作権とオリジナリティ

「著作権の侵害」「○○のパクリ」という理由でアートが批判されたりすることを目にします。今日は著作権とアートについてあえて怒られそうな角度から見てみようと思います。法律だからって絶対守らなきゃいけないのか?っていうことについて一緒に考えてみましょ、、(^^)といっても法律を勉強している訳ではないので、おおざっぱな著作権の概念的(?)な話になります。

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Left: Robert Raueschenberg,"Factum I"(1957);Right: Robert Rauschenberg, "Factum II"(1957)
オリジナルってなに?コピーってなに?違いはあるの?手書きだとオリジナルになるの?写真や新聞の切り抜きをコラージュしたけど、この作品完全にオリジナルといえる?ラウシェンバーグの作品


そもそも著作権とは何か:
言語、音楽、絵画、建築、図形、映画、写真、コンピュータプログラムなどの表現形式によって自らの思想・感情を創作的に表現した者に認められる、それらの創作物の利用を支配することを目的とする権利をいう。著作権は特許権や商標権にならぶ知的財産権の一つとして位置づけられている。
(ウィキペディアより)

この「自らの思想」「創作的に表現」とは何でしょう。「オリジナリティ」だとか「個性」とか「才能」などにおきかえられるかもしれません。今回考えてみたいのは自らの思想や表現とはなんだろうか?他人に全く影響されない完全にオリジナルの考えや表現というものは存在するのでしょうか?(生まれたときから一人でそのあと一生ひきこもらない限り無理じゃない、、?)

こういう経験ないですか。昔誰かが言っていた事がいつのまにか自分のアイデアになっている。たとえば小学校の先生が言っていたいい言葉に感動していつのまにか自分の考えになっている。そしてそのことばをまた将来自分が先生になった時に生徒に伝える。
考えや好みは親、友達、周りの人、育った環境、メディア、歴史、教科書などいろんなことで形成されていくものだと思います。そう考えると著作権という概念は創作性そのものを妨げている物かもしれない、、、という疑問が出てくるかもしれません。
日本で盛んな二次創作や同人活動。よくグレーゾーンといわれてますね。みんなで盛り上げるから原作も楽しくなりませんか?また日本ではニコニコ動画という動画サイトがあります。Youtube とのおおきな違いは、人が残したコメントが画面に中に流れる事です。字幕職人がいたり適切な突っ込みをいれる視聴者のコメントがあったりして、動画投稿者だけではなくみんなでおもしろい動画を作っているという感じがあると思うんですよね~

アートを作る時、好きな作家の作品を見ます。私だったらこうする!もっとよくできる!と思うことがあります。まるまるパクっては意味はありません。でも面白いものをさらにおもしろくしようとすること、そういうのがどんどん重なっておもしろい作品ってできあがるんじゃないかなぁって思います。一つの作品を「一人」で作り上げたとしても、それは過去の見てきた作品や経験のコラボの産物だと思えたりします。

著作権は概念であり事実として存在している訳ではない。そんな内容の本を読みました。
はじめて著作権法律ができたのはイギリス1709年。 Statute of Anne という法律ができました。このころの著作権は主に「文章」を守るためのものです。この法律ができるまでStationers' Company(書籍出版業組合)がイギリスの印刷業社(はじめは手写し)を独占していました。しかし 印刷技術の発展により組合を通さずに各地で勝手に本が印刷される事態がおこるようになりました。
組合の利益を守るため政府に働きかけてできたのが「著作権」よいう法律だったようです。つまりはじまりは作家の権利を守るためではなく組合を守るために作られたんですね~。
その法律ができてしまうと作家は自分の創作物を広めるためにはどうしても権利を売らなくてはいけなくなりました。

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Caspar David Friedrich, "The wanderer above the sea of fog", 1817
ロマン主義の絵画の例、人が自然に圧倒されている様が描かれている。

この法律が出来上がった頃、ロマン主義の思想がはやっていました。ロマン主義は啓蒙時代Enlightenmentの反発運動のような物です。啓蒙主義は「聖書や神学といった従来の権威を離れ、理性(悟性)による知によって世界を把握しようとする思想運動。」(ウィキペディアより)。ロマン主義は簡単に言うと個人の感情や経験を大切にする運動です。この思想が広まり文章や絵画は作家の「天才」や「才能」によって作られるという考えが広まっていきます。

それまでは作家は天才や才能のある人、ではなく「職人」と同じように考えられていたようです。「文章」は、過去のルールを継承し組み直したものと考えられていて、すぐれた作家は技術を巧妙に使いこなせる人物だと思われていたのです。スポーツ選手と似た感じかな?著作権という概念の形成がロマン主義の「オリジナリティ」「個人の表現」の主張という思想とうまくマッチしてしまい、今ではあたりまえのように作品は作家個人の「才能」だったり「オリジナリティ」からきているという考えが浸透しています。

かなりはしょっているのでもっと読みたい人はこちらをどうぞ。英語です Peter Jaszi, Towards a Theory of Copyright: The Metamorphoses of Copyright


というわけで著作権という概念ができたのはここ数百年、日本では明治初期にとりいれられたようです。今ではその存在に疑問をもつ人が少ないでしょう。著作権にはもちろん利点はあります。でも売り買いできるからこそ問題点もあります。たとえばある脚本家がワーナーに脚本の権利を売りました。しかしワーナーはその脚本で映画を作りませんでした。ある脚本家はもうその脚本の権利を所有していないので他の映画会社に持ち込むことができません。ワーナーがまたその脚本の権利を売らない限りほとんどの人の目に触れず埋もれてしまうのです。これはアメリカの話です。日本の著作権の法律はもう少し作家に優しいイメージがありますが、詳しくは知りません。知っている人がいたら教えて下さい。

いいものを作っている人はもちろん認められて創作を続けられるようにお金を支払われないといけないと思います。じゃないとなくなってしまいますから!インターネットでゲーム、音楽、映画がどんどん「違法」DLしていくなか著作権はこれからどう時代に対応していくのか気になります(^^)

というわけで今回の記事で何がいいたかったかというと違法だからだめなアートという批評の仕方に個人的に違和感を感じる、という話でした。「自らの思想、感情の表現」というものがあいまいで明確な判断基準がない物を守る「著作権」をただやみくもに守るべきなのでしょうか?一人で作品を作った気でいても、それは過去にいろんな経験をし、いろんな作品や人と交流があったからこそできあがった作品だと私は思います。またみんなで作るからよりすばらしいものができることもあると思います。

ですが著作権を扱っているアートならば法律を破るだけではたぶん見る人は納得がいきません。改めて著作権とは何かと考えさせられるかどうか、が評価の基準になると思います。むずかしいですね!

次は軽い内容にします!しばらく更新しなかったけどそれでも拍手押してくれた方、コメントくれた方、ありがとうございます。
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