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構図のはなし

皆様お久しぶりです。まったく更新がないにも関わらずコメントや拍手を残してくれた方、
ありがとうございます。全部ちゃんと読んでいます。とても励みになります。

さて、今日は絵画に置ける「構図」の話を書きます。現代アートを目的でこのブログを読みにきている方は申し訳ない。現代アートで、デッサンは必要ないという人もいるかと思いますが、絵は「彫刻」「映像」「インスタレーション」より身近ですし、表現方法が限定されている分、見る力を鍛えるにはもってこいでと私は思います。一般的に学校で構図を作る時に注意されることとその理由について書きながら、「いい構図」とは何かを考えていきたいと思います。
今回は構図だけについて話します。色、明暗、絵の内容とか、そういう要素はすべて省いて話をすすめます。

1.モチーフを画面の中心に置かない


skull.jpg
Philippe de Champaigne "Skull with Still Life", 17th century
生物学的理由があるか分かりませんが、人間はなぜかバランスのとれたもの、左右対称のものを好みます。なので、ただ感覚で絵をかこうとしてしまうと、どうしても自分の描きたい物を中心におきます。左にものをおいたら、バランスをとろうとして、右にもおかなければいけないという感覚が自然に発生します。
左右対称のバランスのとれた絵、画面の中心にものをおいている絵が「いい」構図だと感じるであれば、あえて「気持ち悪い」構図を作るように意識するとかなり勉強になります。

なぜものを画面の中心においてはいけないのか。単純に「つまらない」構図になりがちだからです。見る人にとっても「理解しやすい」構図なので、絵を一瞬見ただけで満足してしまいます。上記の絵では、「ドクロ」が絵の「主役」だということが構図から一瞬でよみとれます。横に添えられた花や砂時計は、その引き立て役で、背景は存在しないに等しいです。

たとえば、小説でクライマックスが最初のページにきていたら、読者はもうその小説を最後まで読む気がなくなってしまいます。絵も、クライマックスにたどりつくまで少し視聴者の目を遊ばせた方が、画面の隅々までみてくれるはずです。絵は、描かれている物だけが重要なのではなくて、画面すべてが重要な役割を果たしている考えなくてはいけません。

上記の絵に関して一言言っておくと、必ずしも「理解しやすい」絵だといっているわけではありません。ドクロと、いつか枯れるであろう花、砂時計、作者はおそらく「死」や「時間」といったことをテーマにしているのでしょう。ただ絵の複雑さは構図からきていものでなく、モチーフが連想させるイメージとその組み合わせからきているものです。
jesus.jpg
Massaccio, "Holy Trinity", 1425
左右対称の構図が有効なときもあります。たとえば、宗教画です。
一番中心にキリスト。その下両脇ににマリアと聖人ヨハネがひざまずいています。さらにその下は、この絵を注文したと思われるパトロンがひざまずいています。観覧者がこの絵を見て、最初に見るのはキリストで、そのあとにマリアやヨハネ、そのあとにパトロンたちに気付くでしょう。

キリスト教において、最も重要なのはキリストで、下にひざまずいているマリアやパトロン達はその二の次になります。観覧者の目が、キリスト→マリアとヨハネ→パトロン、と人物を見る順番が、実際に教会においての地位をあらわしているので、絵の伝えたい事と観覧者の目の動きが一致しているの、この構図は有効なのです。

左右対称でおもしろい絵はたくさんあります。でも、これからデッサンする!って言う人は基本的に左右対称の構図は避けた方が良いです。美術館に行ったとき、一つの絵画を何秒見れますか?あるミュージアムキュレーターによると、一般の入場者が、一つの絵画を見るのに使う時間は平均1〜2秒なのだそうです。ただでさえ、絵を見てくれる時間が少ないのに、それが一瞬で理解しやすい作品だと、1秒も見てくれないかもしれません。

2.観覧者の視線を逃がさない
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Juan Sanchez Cotan "Wuince Cabbage, Melon and Cucumber", 1906
上記の絵をみたとき、どこからみますか?また、最後に目はどこにいきつきますか?
おそらくこんな流れかと思います。

arrow2.jpg

左上の角から、右下の角にいく流れ?勢力?なんていうんでしょう、がかなり強いです。
この構図にはちょっと問題点があります。リンゴ→キャベツ→メロン→キュウリという順番でものをみていったときに、キュウリになどりついたあと、観覧者の目は画面外に放り出されます。画面外に放り出されるという事は、その絵に興味がなくなるきっかけを構図が作ってしまうことになります。
ちなみに、なぜ右下から左上ではなく、左上から右下に矢印が向かっていないのかというと、リンゴやキャベツが天井からぶら「下が」っているので、「下」に押す勢力が強くなっているから、右下から左下にはいかないようになっています。

次の構図はどういう流れになっているか?

cezanne4.png
Paul Cezanne "Still Life with Apples", 1890-1894.

cezanne2.jpg

テーブルの丸みの線がかなり強いので、観覧者の目はテーブルのふちをたどって、ぐるっと画面を回った後、右下の布に画面の中心へと押し上げられます。観覧者の目は、画面の外にいかないような構図になっているわけです。また、クライマックスであるテーブルの上のりんごをより引き立てるために、たどりつくまで視聴者の目に旅をさせます。右上隅には金属製の楽器のような物が、左上隅には戸棚っぽい物が、左下隅にはテーブルのふち、右下隅には、布や果物といったように、ただ観覧者の目を無意味に画面を一周させるのではなく、クライマックスにたどりつくるまで、ちょっとしたおもしろい小話をいれるのです。


次はどうでしょう?

cezanne.jpg
Paul Cezanne "Still Life with Apples", 1890-1894.

cezanne1.jpg

まるでアリジゴク!

3.余白をうまくつかう
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Ando Hiroshige, 1797-1858.
空いているスペースがあると、つい埋めたくなってしまうのも人間の習性です。でも、画面の上では、「余白」は「紙の余り」や「書く事がなくなった」無駄なスペースではありません。

上記の広重の絵、右側にほとんどなにもかかれていませんが、「余り」に見えませんよね?それは、女性の視線が右上に向けられていることと、彼女の仕草が右上に何かあるかのようにほのめかしています。何も描かなくても右のページがうまく活用されています。右ページがすっきりしているため、逆に観覧者の想像で埋めることで、面白みが生まれるという事もあります。誰かに手を振っているのか?なにか動物がいるのか?船がくるのか?とかね。

まだまだ構図に関して言える事は山ほどありますが、長くなったのできります。一概に「すばらしい構図」というものは存在しません。すばらしい構図は「何が言いたいか」によります。「落ち込んだ気持ち」を表したいと思っているのに、セザンヌの静物画みたいにゴチャゴチャで、人の目を活発に動かす構図は適しません。逆に、ドラマチックな戦いの場面を描きたいと思ったときに、左右対称の安定した構図は適しません。

どんなルールでも例外はあります。上記のルールをすべて従ってしまうと「優等生っぽい」つまらない絵になってしまう可能性もありますwルールを知っておいと、ルールを従うも壊すも、すべて自分でコントロールできると良いですよね。

どうでしょうか?結構アート専門にやっている人もこのブログ読んでいることもあるみたいですが、基本的なことすぎてつまらなかったでしょうか、、?次回は現代アーティストについて書くようにします。
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