はじめてこのブログを読む人におすすめの記事:
アート勉強して気付いた事/デュシャンの便器/ポロック/ 知っておくと便利/ リアルに見える絵画は本当にリアル?

-----------------------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ネオダダその2

こんにちわ今日はラウシェンバーグとジョンズについて描こうと思います~。二人は何気にカップルらしかったですね~。私はラウシェンバーグ好きです★彼の作品を前にすると涙が出るほど興奮する。それとかれのお人柄もとってもよさそうなので好きです★

rauschenberg-white-painting2.jpg
Robert Rauschenberg "White Paintings" 1951

上の写真はだいぶ若いころのラウシェンバーグです。後ろにあるのは「白い絵画」。名前の通りただの白い絵です。これだけ見るとミニマリズムのように思えますが、作品の趣旨はまったく逆です。白いキャンバスをギャラリーに置くことで見る人に絵画の中の狭い世界だけに目を向けるのではなく、外の世界に目を向けるように呼びかける趣旨があるらしいのです。どういうことかというと、白いキャンバスは見た人たちはそれぞれちがう体験を与えます。自分の影がキャンバスにうつるのがみえたり、またはギャラリーにいるほかの人の影が見えたり。置く場所、時間帯、ギャラリーのライトによって見え方も変わってきます。回りの状況や環境に影響されるアートなのです。まぁ、実際これを見るためにわざわざ美術館に行こうとも思わないが(コラ)だけどコンセプチャルな意味でおもしろいと思います(^^)

ミニマリズムだけじゃなくて、特に昔のアートは内向的な傾向があったとおもうのです。ルネサンスの宗教画で天国や神の絵がかかれています。今の現実が辛くても死んだらあんな素敵な所にいける!と思えば少し気が安らいだのでしょう。ちょっと残酷ですね。(^^)エンターテインメントすべてにいえると思うんですが、辛い現実を一時だけも忘れさせる一種の逃げ口ともいえます。(もちろんそれも必要な事です)エンターテインメントここではない別の現実を描いているんです。

昔の絵画はほとんどの場合パトロンが存在し、画家や彫刻家は作品を作り続けるためにパトロンから資金をあつめなくてはいけません。だからパトロンにある程度気に入られる作品を作らなくちゃいけないわけです。パトロンはなぜ資金を与えるかというと、個人のエンターテインメントだったり、財力をみせつけるためだったり、または教会の宗教画のようなものであれば信者を増やすためであったり。簡単にまとめてしまうと力のつよい資金力のある者のためにアートがつくられてたりしたんじゃないかなって思います。

ラウシェンバーグの「白い絵画」からは「現実を見よう」「アートは逃げ口なんかじゃないぞ」「アートはみんなのものだぞ」「画家だけがアートを作ってる訳じゃないぞ。観客と一緒に作るんだ」というメッセージが伝わってくる気がします。
ラウシェンバーグの有名な格言で自分は"in the gap between art and life"(現実とアートの間)に作品を作りたいというのがあります。 アートがただの現実離れした空想世界を描いたものではなくて現実を描いているんだ!!・・・とまいってしまっていいかわかりませんが、ネオダダには、エンターテインメント(?)と現実とのギャップをうめようとしているように思います。

なんか今回ネオダダっていうより、私の語りばっかになってしまった・・・。ごめんなさい、次回はもっとラウシェンバーグについてかきます。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。