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ポップアート アンディ・ウォーホル

またまた久しぶりです。合格発表を待っていてドキドキな日々が続いております(^^)

ここ数日で更新してないのにもかかわらず拍手を押してくださっている方、ありがとうございます。そしてすみません・・・
今日はポップアートについてかこうとおもいます。ポップアートの代表的人物といえばアンディウォーホル!アートに興味がない人でも一度はマリリンモンローやバナナ、キャンベルスープの缶詰をモチーフにしたシルクスクリーン(版画の一種)をみたことがあるでしょう。


ウォーホルはとってもおもしろい人物です。そしてとても謎です。

ウォーホルはその辺にあるような日用品をモチーフにしたポップでカラフルな版画を多く生産しました。その行動によってアートはこういうものだという固定観念を派手にくずした人物だと思います。

ウォーホルのアートは今やクリアフォルダ、バック、財布、筆箱に印刷されたり、アートがわからないという人でもなぜか惹かれてウォーホルのアートが印刷された商品を持っているということが多々ありますよめ(^^)。色が明るいし、スタイリッシュにみえるからでしょう。ウォーホルの策略で表面的に魅力的になるようにしているのだとおもいます。商品とアートの境目をあいまいにするのが彼のアートの趣旨でしょう。

ポップアートが始まったのは1960年代、戦争が終わりアメリカ人のくらしが裕福になっていきます。大量生産大量消費の時代がやってきました。当時のアメリカは、安く大量に作られた商品をより多くの人々に提供できることで、人々に快適生活を与え自由と自立と幸福を与えていると思い込んでいたのでしょう。

ウォーホルのアートのおもしろい点は、ウォーホルが自らの手を加えずアシスタントに実際の作品を作らせていました。(デザインなどはウォーホルが考えていると思いますが)さらに、シルクスクリーンという手法は一つのデザインから何枚もの作品を作る事を可能にしました。彼の作品が作られるスタジオを「ファクトリー」(工場)と自ら呼びました。大量生産消費社会のパロディととっていいでしょう(^^)商品も大量生産されるんだから、アートも大量生産すればいいじゃない!的な、ね(^^)
ウォーホルのこういった作品のプロセスから以下のような疑問が生まれると思います

アートとは何か?
アートは商品なのか?
アートとデザインの違いは何か?
作者とはなにか?デザインを考えた人?実際に作った人?
アートの価値はどう作られるのか?
作品自体の価値よりアーティストのブランドとしての価値の方が高いのではないか?
ブランドとは何か?
オリジナルとは何か?
はじめに作られたものは後に作られたコピーより価値があるのか?

など。また彼がシルクスクリーンにしようと選んだ絵にはこれに加えて違った疑問も浮かんでくるかと思います。
a hundred soup cans
Andy Warhol, "100 Cans", 1962.

キャンベルの缶は大量生産される商品の代表的な例のひとつです。このキャンベルの缶を無意味に何度も何度もくりかえされた画面をみるとひとつひとつの缶の「個性のなさ」「同じさ」が強調されます。
ちょっと話しそれますがアメリカ人はスープを材料から作ることはほとんどないそうです。ほとんど缶やインスタントのものをお湯で薄めて温めて飲むそうです。ウォーホルはこういった習慣が増えるにつれて、それに危機感を感じたのではないでしょうか。たしかに多くの人が安くていろんな味のスープを飲めるという自由や権利を手に入れた。だけどそれは逆にキャンベルという会社が選んで売ることを決めたスープしか、消費者は飲めないわけです。ほんとうに選ぶ権利や自由が増えたといえるのか?怖くないですか(^^)?消費する自由を手に入れた!といっても、企業にコントロールされた範囲内だけの自由なのです。

また下はマリリンモンローのシルクスクリーンシリーズ。
andy-warhol-marilyn-monroe-1967-hot-pink-135466jpg.jpeg
Marilyn Monroe (Marilyn), 1967,

いろんな色で印刷されましたが、どれも黒いインクの部分(影の部分)さえ描かれれば、「マリリンモンロー」だとわかってしまうんです。マリリンモンローという一人の人間なはずのに、まるでキャンベルのスープ缶のように大量消費社会のなかのブランドのロゴのようににされてしまっているわけです。彼女の特徴といえば金髪の髪、泣きホクロ、セクシーなたれ目と分厚い唇。それが彼女のブランドです。彼女の内面とかまったく関係なしでその表面的特長だけでモンローとされるわけです。メディアのなかで、芸能人がまるで商品と同じように扱われてること疑問をもたせます。

またまた下は交通事故をあらわしたシルクスクリーン
christies_051607_01.jpg
Green Car Crash (Green Burning Car I), 1963.

くりかえされたこのグロい画像も一枚だけならば衝撃的なのに、何度も繰り返されるとまるで壁紙のようにそのショックはなくなってしまいます。人が死んでるかもしれない残酷な事故にもかかわらず何度も何度もくりかえしこの衝撃的な映像をみさせられてしまうと人は慣れてしまうのです。ニュースで流れる遠い国での災害や殺人事件が普通に居間でくつろぎながらテレビで見られる時代。「たいへんだねぇ」っていいながら人事。情報化社会でいろんな情報が手に入り便利になると同時に、なにかおかしくないか?(^^)って疑問を持ちます。
最近、ハリウッド映画は爆発やら殺人やら人がどんどん殺されてどんどん暴力的になっています。はじめて映画というものが発明された頃は、汽車が突進してくる白黒映像を映画館で見た観客はあまりのリアリティに映画館を飛び出して逃げてしまったそうです。いまは映像はカラーになってどんどんリアルになっていくのに、汽車以上の迫力の映像を平気で見れてしまいます。
ウォーホルの作品はそんな「慣れ」という怖さやメディアというもの疑問を抱かせてくれます。

村上隆が尊敬する人物のなかにアンディウォーホルがいます。
村上隆のアート育成企業の名前はカイカイキキですが、以前はヒロポンファクトリーでした。いまでもアートは商品なのか?という疑問を問い続けられてるわけです。
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コメント

非公開コメント

はじめまして。denと申します。
覗いていただきありがとうございます。
のっけから何なんですが、
村上は苦手です。
でもウォーホールのコメント、とても
面白かったのと僕自身が大好きなもんですから…
フレッシュなブログです。
これからもアートのこと、書いてください。
村上のこと、悪く思わないでくださいね(笑)

Re: タイトルなし

> はじめまして。このブログの初のコメントありがとうございます。
> いえいえ。村上は好き嫌いがはっきり分かれるアーティストだと思いますので。私も始め見たとき嫌いでしたし(^^)
> でも読んでいただき光栄です。ありがとうございました。
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