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フェミニストアート

今日はフェミニストアートについて書きます。フェミニストアートときいてちょっと引いてしまう人もいると思います。私もその一人でした!なんというかとりあえず女の裸がバーン!あんま見たくないところもバーン!っていうイメージがあったからです。(^^)まぁ現代語に直すとちょっとはしたないともとれるというか・・・・。特に日本人から見ると大胆さにびっくりしますね。(下は例です)

misssanfrancisco.jpg
Miss Chicago and the California Girls, 1971
Poster produced by the Feminist Art Program, Fresno State College, Calif.

下はジュディ・シカゴの有名な“Dinner Party” という作品です。歴史や伝説上の重要な女性を39人ゲストだと想定してその一人一人の女性をイメージしたダイニングセットを一人ずつつくりました。お皿のデザインは女性の性器部分をモチーフにしています。床のタイルには歴史上の重要な女性の名前999人が彫られています。これはシカゴが一人で作ったのではなくいろんな女性職人と一緒にコラボレーションしてくったものです。パッチワークや陶芸などは女性に関連づけられる工芸としてアートの世界では過小評価されていました。シカゴは固定観念を打ち砕くべく当時のアート界でめずらしかったコラボレーションや工芸という方法を積極的に取り入れました。

JudyChicagoTheDinnerParty.jpg
Judy Chicago, "Dinner Party", 1979

はじめてみたときの私の感想は悪趣味!でした。(^^)女性の権利を主張するにも、そんな体の一部分を強調したところでなんになるの!っておもいました。

フェミニストアートはほんとうに時代背景をしらなければその作品の価値の重要性がわからない、実感したアートです。フェミニストアートが発展したのは1960年代後半から1970年代。「フェミニストアートやだー」といっていた私のような若造がフェミニストアートを理解できなかったのは作品を作っていた女性達がアートの世界でも普段の生活でも差別を感じて、圧迫されていたかをまったくわからなかったからだと思います
その時代に作られいるアートの主流派はミニマリズムでした。それを作っていて評価されているアーティストは主に白人で男でした。これは偶然ではありません。
今「差別」ということばを聞くと、「もちろんいけないことだよー」というまるで他人事のような反応しかできませんが、その時代の人たちには深刻な問題だったのです。(今でももっと社会的に深刻な問題であってもよいと思うのですが(--))アートの世界でもそれは深刻な問題で、白人以外の人種や女性によってつくられたアートは白人の男性がつくったアートより勝ることはないと普通に思われていた時代です。

1960年代後半の主流のアート運動といえばのミニマリズムです。ミニマリズムのコンセプトはより純粋なアートを作ることです。とってもとっても簡潔にいってしまうと、少しでも「フィーリング」ナヨナヨした女性的感性ががはいってるものは非難されました。また飾り・柄・鮮やかな色なども女性の特徴として、そうしたものがはいっているアートははいっていないアートより劣っていると考えられていました。ミニマリズムは「男らしい」アートといわれることを耳にします。迷いがなく、直線を主に用い、数学的で自信が満ちあふれているからでしょう。

でも人間みんなが「男らしい」ものを好むとは限らない!(^^)また感情的でなにが悪い!女性っぽくて何が悪い!

フェミニズムアートは女性の権利を主張するだけではなくいろんな人の視点、感性を評価する動きにつながったのです。黒人、ヒスパニック、アジア、ホモセクシャル、レズビアン、などなどいろんな人もフェミニスト運動のあと、自分たちの権利も主張していきました。今のアートのイメージはもやってもいいなにを表現してもいいという風になっていますが、そんなあたりまえのことがあたりまえじゃなかった時代もあったわけです。ちょっと前のはずなのに信じにくいですよね!

「苦しい気持ち」「悩み」「なにかをきれいだと思う気持ち」「差別で圧迫される気持ち」そんないろんな気持ちや意見をテーマにしたアートや、人種・性別・性的傾向にかかわらず、その人個人の視点・経験・意見などをテーマにしたアートが白人男性の視点から作ったアートと同じ風に評価されるようになったのは、フェミニズムアートがきっかけだと読みました。ひとつの視点・経験・意見がほかの視点・経験・意見より優位ということがなくなる方向になっていったのです。アートで作者の人種や性的傾向や性別にかかわらず、その人の作った作品だけを見て評価されるようになるというのは差別が減ったことを意味し、どんな個人も平等に権利をもち、どんな個人の経験も同様に重要であることを意味します。

シカゴのディナー・パーティーを現代の視点から見ると、どうしてもやりすぎた感、はっきりしすぎ感があるかもしれません。しかし、女性のアートがまったく評価されていない時代の中、これほどインパクトがあって主張がはっきりしていないものでなければ話題にもならず、フェミニストアートを深刻に受け取ってくれなかったのだろうかと思います。
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