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デュシャンの「泉」について

泉
Marcel Duchamp, "Fountain" 1917. (photograph by Alfred Stieglitz.)

拍手押してくれた方、どうもありがとうございました!どなたかに読まれているというだけで、とてもやる気が出ました。それと同時に、まちがったことをいったらどうしようと恐怖が(((;゚Д゚)))私は本当にあまり頭よくないですし、知識もそれほど多くありません。だけど、現代美術って意味不明!ってちょっと前まで思ってた私の視点から、アートのおもしろさを伝えていけたらなって思ってます。改めてよろしくお願いします。あと誤字脱字が多いと思います。日本語の文章下手だと思います。常に編集していきたいと思いますので、そこらへんもご理解お願いします。

今日デュシャンについて書こうと思います。デュシャンというのは、展覧会でサインをしたトイレの便器のタイトル:「泉」、英語タイトル”Fountain"を展示したあの有名なアーティストです。ウィキペディアによると、「『泉』は2004年12月、世界の芸術をリードする500人に最もインパクトのある現代芸術の作品を5点選んでもらうという調査の結果、ピカソの名作『アヴィニョンの娘たち』を抑えて堂々の1位を獲得した」と書いてあります。

「泉」は1917年にニューヨークのSociety of Independent Artists展に出品された作品です。この展覧会は審査によって作品が選ばれるのではなく、誰でも出品すれば展示されるはずでした。ですが、デュシャンの「泉」は、展覧会の責任者らから「これはアートじゃない」といわれ展示されませんでした。そのことが、ほかのダダイズムのアーティストを怒らせました。

ダダイズムはそもそもなんなのかというと、ヨーロッパとアメリカで第一次世界大戦に反発する人たちの集まりらしいです。彼らは伝統的なクラス階級(おもにヨーロッパで存在していた)と資本主義社会は、人間的な感情よりも理論や利益を重視した思想がはじめたものであり、それによって戦争が行われたと考えました。それに反発するために、そういった社会が生み出した伝統的な「美」を追求する美術をすべて覆そうと考え、アーティストたちはある種の「Anti-Art」、反アートを作りました。それがダダイズムです。

「泉」はそういった時代背景や思想で作られたということだけでも、おもしろいのですが、なぜ今でも最もインパクトのある現代アートなのかは、その作品が後の作品に残した多大な影響力のためだと思います。
「泉」は「レディメイド」と呼ばれる作品です。つまりもともとあったものを、アーティストが拾って展覧会に出品しただけの作品なのです。「泉」はただの便器です。それをみた展覧会責任者たちは「これはアートじゃない」と非難するものもいれば、ついに「いや、でもよく見たらこの便器のフォルムは美しい」という評論家もあらわれたそうですね!デュシャンはそういったえらそうにしている評論家たちを笑うために出品したのでしょうか。それともサインしただけでただの物がアートとされる美術界を非難したのでしょうか。今のほとんどの人の現代アートの見方と似てますね!(^^)

私が思うに、その「泉」があったために、その後のアートの可能性が広がったんだとおもいます。だって、ようはなんでもいいんです!なに出品しても!何か具体的なものを表現した作品でなくても、見る人にただ疑問をぶつけるアートがあってもいいっていってるんです!この「泉」をみて「アートってなんだろう?」「美意識ってなんだろう?」「アートに技術は必要なの?」とか考えたり、サインをみて「ブランドってなんだろう。今の社会で過大評価されてないか?」とか、便器みたいな日常品を見て「あぁ、たしかに日常品っでも洗練されたデザインをしているな。これからもっと日常に目を向けていこう」とか、「日常と美術界ってなんでこんなにかけ離れたものになってしまっているんだろう」とか!いろんな疑問が浮かんできますよね!その疑問を作品にしてしまったんです!それと、単純におかしいですよね!展覧会を開催するおえらい方が真剣に便器を出品する光景を思い浮かべたら!

デュシャンがどれほどこれまでのことを考えて、あの便器を出したのかはわかりません。はじめは単純な意図だったかもしれないですが、(私が調べてないのでわかりません)だけど、あの「便器」があったおかげでアートの存在意義を問いただすと同時に、また新たな可能性を与えたと私は考えています♪
デュシャン以降のアートはすべてコンセプチュアルだ、ということばをどこかで耳にしたことがあります。コンセプチュアルアートは視覚だけじゃなくてコンセプトで見る側をたのしませてくれます。コンセプチュアルだからといって、視覚的に面白くないわけはないですし、また逆に視覚的に面白いからってコンセプチュアルにつまらないというわけではなくて、両方が互いの要素をおもしろくさせているのがおもしろいアートだと私的に思います!

長い文章ここまで読んでくれてありがとうございました。後日読み返して、わかりづらい点とつけくわえたう点があったら編集します。

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